伊賀市でも毎年発生「認知症患者の行方不明」と家族の苦悩
現在、日本においては65歳以上の高齢者約7人に1人が認知症(※1)とされており、認知症は決して特別な病気ではなく、誰もがなる可能性がある病気となっています。認知症になった場合、施設に入ると考えられている方も多いかもしれませんが、多くの方が施設に入らず、在宅で暮らしています。
それに伴い、地域では必要のない物の大量購入や悪徳商法の被害に遭うなど、認知症患者とその家族を取り巻く、様々な問題が起こっています。今回焦点を当てた「ひとり歩き(徘徊)」による行方不明について、警視庁のデータによると全国の行方不明者のうち、認知症又はその疑いによるものが原因の割合は全体の22.3%だとしています。(※2)これからご紹介する事例も、現役を引退し、夫婦仲睦まじく暮らしていた家族に突然起こった出来事ですが、認知症を起因とする誰にでも直面する可能性のある課題です。
穏やかな暮らしに突然訪れた変化
正子さん(70歳 仮名)は夫の敏男さん(73歳 仮名)と2人暮らし。優しく穏やかな敏男さんといつも元気な正子さんは地域内に友人も多く、定年後も趣味や地域活動と、日々充実した生活を送ってきました。
ところが数年前から敏男さんに物忘れの症状が出るようになりました。正子さんの心に「もしかして、認知症?」という思いが広がり、不安が募っていきました。しかし、敏男さん自身は、自分が忘れてしまっている事も忘れており「自分は大丈夫」というばかりです。物忘れを指摘する正子さんと衝突する事も多くなっていきました。嫌がる敏男さんを連れて、近所の病院に行ってみた事もありましたが毎回「自分は病気じゃない!」と怒る敏男さんを連れていくのが精神的にも身体的にも大変で、いつしか病院にも行かなくなってしまいました。この頃には、敏男さんは、着替えや歯磨き、1日3食の食事さえも、正子さんの言葉がけがないと出来ない状況になってしまっていました。
そんなある日、敏男さんは通い慣れたはずの近所のコンビニから帰ってくる事ができなくなり、警察に保護されたのです。
認知症の夫との生活のために・・・妻の決意
「あれ以来、一人で外出させるのが心配で、夫には一人で出かけないように伝えています。でも、認知症の夫はその約束も忘れます。」そう話す正子さんの表情は疲れ切っていました。
今回の相談の結果、正子さんは介護保険サービスを利用する事を決めました。日中はデイサービスを利用する事ができ、ほんの少しですが、自分の時間を持つ事ができるようになりました。また「元気で明るい、かつての夫を知っている人に今の姿を見られたくない」という想いから、これまで地域の人には敏男さんが認知症である事を隠していましたが、思い切って話をしてみると、みんな「敏男さんが歩いているのを見かけたら声をかけるよ」と言ってくれ、少し肩の荷が軽くなったような気になりました。
片時も目を離さず本人を見守り続ける事は難しい
とはいえ、敏男さんがデイサービスを利用できるのは、週3回。それ以外の日は自宅での介護が続きます。約束を忘れてしまう敏男さんは、一人で玄関のドアを開けてしまい、その音に気付いた正子さんは、家事の手を止め、慌てて追いかけます。特に夜間は自分が寝ている間に外に出ていかないか心配で、ゆっくり眠ることもできません。介護サービスを利用しても365日24時間、片時も目を離さず本人を見守り続ける事は難しいのです。
認知症患者を支える家族の想い
大切な人が認知症になった時、戸惑い、悩み、 苦しみ、先の見えない介護に心身共に疲弊していく家族は少なくありません。正子さんも、長引く在宅介護を心配した親戚や知人から敏男さんを介護施設に入所させることを勧められた事があるといいます。
それでも正子さんは「施設には簡単に入ることができません。それに、何より、思い出がたくさん詰まった自宅で、最期まで過ごさせてあげたいのです。本人もそれを望んでいると思うから。」と優しく笑います。
※1 厚生労働省 認知症施策推進関係閣僚会議 認知症施策推進大綱(令和元年6月 18 日)
※2 警察庁生活安全局人身安全・少年課 令和3年における行方不明者の状況(令和4 年6月)
(写真はイメージです。個人情報保護のため、複数の家庭の声を元にストーリーを再構成しています。)