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活動レポート

Report

「免許証と共に失った、“自由”が選択できる豊かな暮らし」

高齢者の4人に1人が買い物難民の現状

 国の調査では、日本では食料品アクセス困難人口(いわゆる買い物難民)が825万人いるとされています(農林水産省2018年6月)。これは、高齢者の4人に1人が、食料品アクセス困難人口(いわゆる買い物難民)であるということになります。

 さらに、少子高齢化が加速して、2050年には、高齢者が3841万人に達し、日本の総人口に占める割合が37.7%になるとされています。それに伴い、食料品アクセス困難人口(いわゆる買い物難民)も人口比で増えていくと予想されます。

 このことから移動困難により、買い物等の目的を叶えられない地域住民が増加傾向にあることが言えます。

高齢者の4人に1人が買い物難民の現状

(※1)

免許返納をして生活が一変

 独居高齢男性75歳の巌さん(仮名)は、現役時代はバスの運転手として、地域の身近な交通機関の一躍を担っていました。仕事一筋だった巌さんは、退職後、妻と車で国内旅行をしながらスローライフを満喫するのが夢でした。しかし、巌さんが退職してまもなく、妻が亡くなり、一人暮らしとなりました。思い描いていた第2の人生とは異なる生活スタイルとなりましたが、趣味である車の運転を楽しみ、観光名所や日帰り温泉を巡る日々を過ごしていました。

 ある日の昼下がり、いつものスーパーへ夕食の買い物に行く際、電柱にぶつかる自損事故を起こしてしまいました。年齢を重ねるごとに少しずつ体の衰えを感じていたため、視界の悪い夜間の運転は控え、できるだけ日中に用事は済ませておこうと工夫をしていた矢先の事故でした。巌さんはショックを隠し切れませんでした。「自分では気を付けていたはずなのに・・・」

妻の7回忌に帰省した息子から「今回は自損事故で済んだから、不幸中の幸いだけど、人身事故を引き起こさないうちに運転免許を返納しろ!」と強く叱責されました。巌さんには返す言葉もありませんでした。なぜなら息子の言う通り、人身事故を起こし、人の命を奪うことになれば、一生悔やんでも悔やみきれないと思ったからです。

 この一件があり、巌さんは免許返納を決意し、車のない生活を送ることになりました。しかし、巌さんの住んでいる地域は、中心市街地からは程遠い立地で、車が生活の一部となっています。市役所の手続きなどの年に数回の外出であればタクシー利用で事足りますが、定期通院のたびにタクシーを利用するのは金銭的にも現実的ではありません。

 日常的に必要な食品や衛生用品、生活用品の買い物をスーパーや薬局、ホームセンターなどに買い物に行くにも困ります。またこれまではゴミ集積所までは家から遠かったので、車に乗ってゴミ出しをしていましたが、現在はゴミ出しにも困っています。亡き妻の墓掃除にも行けなくなりました。

 巌さんは自身がこのような状況になることは想定しておらず自治会長の役割を引き受けていました。公民館で行われる会議への出席や会議で使う資料のコピーでコンビニまで行くこと、地区代表として遠方まで会議に行くなどの役割を果たせなくなりました。責任感の強い性格の巌さんは自己嫌悪に陥り、役割が喪失していくことに対し、精神的にも落ち込むようになりました。

 更に、趣味で15年間続けていた習い事である絵手紙教室にも行けなくなりました。旅先の風景画を絵手紙に描くことが楽しみでしたが、旅行も絵手紙教室も行けないようになりました。また、教室に出向くと仲間がおり、仲間との交流も楽しまれていましたが、今は直接仲間と合って話をすることが無くなり、孤独感に苛まれるようになりました。

 また、今まで連れ添ってきた妻が亡くなったことで、夜になると言葉では言い表せないほどの恐怖と不安の衝動に駆り立てられる時があります。楽しかった時の思い出が蘇り、喪失感に打ちひしがれる時もあります。

 巌さんは、複雑な心境になりました。「車を手放したことで、他人様に迷惑をかけることはなくなったが、これまで営んできた日常生活に支障をきたすようになってしまった上に、充実していた楽しみや生きがいも失ってしまった。」と。

免許証を返納したくても、生きていくためには返納できない

 昨今では、高齢ドライバーによる交通事故を軽減させる理由から、免許返納を推奨する流れもあります。現に、警察庁の調べでは、75歳以上が2019年に起こした死亡事故は401件、免許証を持つ人10万人あたりの件数でみると、75歳未満の2倍以上の割合で死亡事故を起こしているという結果も出ています。(※2)三重交通では、2017年より免許返納をした方に対し、バス運賃を半額にするサービスに取り組んでいます。

 しかしながら、特に車がなくては生活できない地域に住んでいる高齢者は、公共交通機関の利便性からも使いづらく、さらに独居高齢者または高齢者のみの世帯なども多いことから、家族が日々の生活の移動を手伝ってくれるわけでもありません。生きていくためには免許返納をしたくてもできない現状があります。

実際、伊賀市では、最寄りの駅またはバス停までの距離が1km以上の人が4人に1人という統計もあります。(※3)

このように社会の動向と住民ニーズとの間で齟齬が見られ、「返納したくても返納できない」という高齢者に心理的ジレンマが生じています。

免許証を返納したくても、生きていくためには返納できない

免許返納をしても生活に困らない対策が急務!

 免許返納者の中には、必要な買い物もできなくなり、家の中に生活必需品や十分な食料も揃わず、生活費はあるのに生活困窮状態になってしまっている人もいます。食料品アクセス困難人口(いわゆる買い物難民)は、過疎化する地域において重大な問題です。問題点として買い物に行けない問題や、病院に行けない問題、いきがいとなる活動に参加できない問題などがあり、市内でも福祉有償運送や介護タクシー、地域運行バスなどの対策は行われているものの、まだすべての地域に対してすべてのニーズにお応えすることができていない問題や、それを可能とするだけの乗車人数の利用実績と維持管理費のバランスの問題も残っており、早急な対策が求められています。

 住み慣れた山間部の地域で高齢期を迎え、移動困難に直面する方々の話を頻繁に耳にします。すべての住民が生活の質を高め、豊かな暮らしを維持継続するためには、移動手段の確保が喫緊の課題です。

社会福祉協議会は、すべての方々が、人と関わり合いながら慣れ親しんだ地域で暮らし続けられるしくみづくりを実現するための取り組みを進めています。

 例えば、企業と連携し、移動販売車を誘致したり、買い物バスを運行するなど、必要な地域に必要なものが届いたりする取り組みを進めています。また、これまでに既存の仕組みにはなかった交通手段のあり方を模索し、それを担う人材の育成や啓発を進める勉強会などを実践していきます。

免許返納をしても生活に困らない対策が急務!

※1(出典)総務省「人口推計」、国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口(平成29年推計)」をもとに、国土交通省国土政策局作成

https://www.mlit.go.jp/policy/shingikai/content/001361256.pdf

 

※2 2020年、朝日新聞DIGITAL

https://www.asahi.com/articles/ASNB866JDNB6UTIL058.html

 

※3 伊賀市地域公共交通計画2024(令和6)年3月 改訂版P167

https://www.city.iga.lg.jp/cmsfiles/contents/0000008/8920/t-plan.ref4-6.pdf

 

 

(個人情報保護のため、複数の家庭の声を元にストーリーを再構成しています。)

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