本人に非がなくとも貧困になる現実
厚生労働省が2019年に行った「国民生活基礎調査」によると相対的貧困(※1)の基準は世帯年収127万円とされ、相対的貧困率(※2)は15.4%に達します。これは日本人口の6人に1人、約2000万人が貧困生活を送っていることになります。これを伊賀市の人口で計算すると約1万5千人が相対的貧困状況になっていると考えられます。
多くの場合、親から子へ貧困は連鎖していきますが、親の借金から子どもが貧困に陥る事例も少なくなく、必ずしも本人の責任だけとは限りません。
母親の急逝と借金の発覚
約2年前の春先、夕方に民生委員の方から「近所の人から物乞いされている。どうしたら良いかわからない」と連絡がありました。その連絡をきっかけに私たちスタッフは美由紀さん(仮名22歳女性)と関わることとなりました。
母子家庭で育った美由紀さんは高校を卒業後、短大に入学し保育士になる夢を叶えるために忙しくも充実した日々を過ごしていました。しかし、入学して一年が経とうとしていたとき、唯一の親族である母親が急逝しました。
悲しみに明け暮れた矢先、母親が友人の加奈子さん(仮名)に多額の借金をしていたことが発覚しました。
精神的に追い込まれ家もゴミ屋敷に
学校に通いながらアルバイトだけでは加奈子さんへの借金を返済することが難しいと考え、美由紀さんは相続放棄も考えました。しかし加奈子さんに幼少期に可愛がってもらっていたことや、何よりその借金で自分も育ててもらったことを考えると相続放棄はできず、学校に通いながら借金を返済する決意をしました。
美由紀さんは借金の返済と学費、自分の生活のために、友人とゆっくり話をする時間もないほど、毎日深夜までバイトに通い続けました。そんな生活は美由紀さんの精神と身体を蝕んでいきました。徐々に自宅を片付けることができなくなり、ゴミ屋敷化していきました。さらに追い打ちをかけるように、夏休みに入るころから実習が始まり、実習中はバイトに行くことが禁じられているため借金はおろか、公共料金などの支払いも滞るようになりました。美由紀さんは不安と焦燥感からさらに精神的に追い込まれました。加奈子さんに返済を待ってもらうこともできたかもしれませんが、美由紀さんは借金の返済を第一に生活を続けました。
その結果、睡眠障害に陥り、アルバイトや学校に遅刻する日も増えました。とうとう精神的に限界を迎え美由紀さんは休学をすることになりました。しかし短大休学中の費用も払うことができず、中退してしまいました。そこから自宅に引きこもるようになり、借金の返済や公共料金の支払いが滞り、追い込まれた翌年の3月頃あまりの空腹に耐えかね、近所の人に助けを求めたことで今回の事態に発展していきました。
半年ぶりの温かいご飯に涙
スタッフはひとまず美由紀さんに食料を提供しました。ろくに食事も摂れていないとのことだったので、その場で温めたご飯と缶詰を提供したところ、「美味しい、半年ぶりに温かいご飯を食べた」と涙を流し、今までの経緯を話されました。
その後、本人と一緒に市や社協も入り美由紀さんの自宅を掃除することになりました。
また、美由紀さんが正社員として雇用されるため仕事の紹介、面接の対策等を一緒に行いました。元々勤勉な性格の美由紀さんは一生懸命就職活動を行い、ひとまず体調を崩しても休みの取りやすい非正規雇用の仕事が見つかりました。
現在も生活を立て直しながら、借金を返済できるように一緒にプランを考え、計画的に返済できるように支援を行っています。また真面目に努力する姿が認められ、非正規職員から正規職員への雇用転換を打診されました。
美由紀さんは現実と向き合いながら、少しずつ前に進み始めています。今後借金を返済し以前の生活に戻れる日まで、私たちは美由紀さんへの支援を続けていきます。
日本は自己責任論や貧困バッシングが非常に強い状況にありますが、私たちが関わってきた方々の中でも、本人に直接の原因は無いのに貧困に陥っている例は少なくありません。
生まれた環境によって高校、大学への進学率が左右されることもあります。自己肯定感を育むことできない環境の中で、うまく社会に順応できなかった方や、引きこもり状態になられる方も少なくありません。これらは個人の問題ではなく、社会の問題として捉える必要があるのではないでしょうか。
※1相対的貧困:自分の属する国・地域社会で暮らす人々の水準と比較し、大多数よりも貧しい生活を送っている状態。所得の観点からすると、年金などを含む所得が所属する国の中央値の半分に満たない状態。
※2相対的貧困率:一定基準(貧困線)を下回る等価可処分所得しか得ていない者の割合を示す指標
(写真はイメージです。個人情報保護のため、複数の家庭の声を元にストーリーを再構成しています。)