音楽療法と音楽著作権執筆者 田中 洋
【1.はじめに】
音楽療法は、文字通り“音楽を用いた療法(セラピー)”であり、音楽療法家がそれを行うということは、すなわち“音楽”を利用しその恩恵に浴していることに他ならない。“音楽”の定義は様々な視点から様々になされ得るが、それが「文化的創作活動ないし文化的創作物」であることに異論はないものと思われる。我が国をはじめ世界の多くの社会において「文化的創作活動ないし文化的創作物」は、それがもたらす恩恵ゆえに、法的制度下で保護され尊重されている。いわゆる知的所有権に関する諸法律である。具体的に音楽で言えば、我が国においては「著作権法」という法律で、音楽の著作者に特定の権利(音楽著作権)が与えられ、他者がその著作物を利用する際の規定が定められている訳である。
しかるに、我が国の音楽利用の現場においては、従来そうした音楽著作権に配慮する姿勢が希薄であった。すなわち、故意の有無に関わらず“違法な音楽活動”がまかり通っていたきらいがある。特に、アマチュアの音楽活動の場で、活動が非営利的であることや比較的小規模であることなどを言い訳にして、音楽著作権の問題が軽視される傾向が強かった。筆者は、同様の傾向が、音楽療法の現場においても指摘されるのではないかと考えた。
ここ数年、グローバルな潮流として知的所有権に対する認識が急速に高まっている。これまでは見逃されてきた種々の違法状態が、今後は厳格に糾弾されていくことになるようであり、音楽著作権もその例外ではありえない。折しも近年、音楽療法の社会的認知が高まりつつあるが、もしそこに法的にアンフェアな側面があるならば、真に社会に受け入れられることはおぼつかないだろう。本稿は、現在行われている音楽療法活動に、音楽著作権との係わりにおいて、どのような問題点が指摘し得るかを検討・整理し、その視点に準拠したフェアな音楽療法の存り様を探ることを主旨とする。
【2.音楽著作権の制度に関する確認】
2.1 著作権制度の意義
著作権法は、その目的を『この法律は(中略)著作者の権利およびこれに隣接する権利を定め、これらの文化的所産の公正な利用に留意しつつ、著作者等の権利の保護を図り、もって文化の発展に寄与することを目的とする』(1条)と定めている。ここで、文化の発展にとって、文化的所産である著作物の利用が可能なことと著作者等の権利が保護されていることの2点が必要であるということが述べられているのである。前者の意味は容易に理解できるが、後者の意味するところは何であろうか。田村1)によれば『より容易に対価を還流する手段を著作者に与えて、創作活動のインセンティヴをさらに増大させる』と解釈される。つまり、創作活動に正当な対価(報酬)が約束されることで、次なる創作活動が促され、文化が発展するということである。この様な重要な意義を尊重するがために、私人の自由な活動(著作物の自由な利用行為)を規制するすることも止むを得ないとするのが、著作権制度の主旨であると解される。したがって、音楽著作物を利用することを例にすれば、その許諾手続きや対価の支払いを軽んじ、あるいは無視する行為は、大局的に見て音楽文化の発展を抑止することになり、巡り巡ってそうした行為者自身にもマイナスの影響が及ぶことになることを、音楽に関わる個々人が認識する必要があると言うことである。
2.2 音楽の著作物とは何か
著作権法の保護を受ける著作物とは『思想または感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう』(2条1項1号)とされ、また何かの媒体に固定されることは不必要である(17条2項)ことから、音楽の具体的な著作物としては、楽譜、録音物(レコード等)、実演(即興演奏を含む)が挙げられよう。なお、それらは、表現の創作性のみが問われ、学術的、芸術的に優れていることは要しない(他人の著作物と異なるものを作成したということで十分と)と解される(田村1))。さらに、既存の著作物と同じ内容であっても、それが偶然の結果であれば創作性は否定されず、独自に著作物性を持ち得る(田村1))。
2.3 音楽著作者の権利とは何か
著作権法において、著作者は、人格的な利益を保護される「著作者人格権」と財産的な利益を保護される「著作権」の2つの権利を持つ2)。これらの権利は、国際的な著作権保護条約である「ベルヌ条約」に準拠して、著作者が著作物を創作したときに自動的に発生するとされる(17条2項)。
「著作者人格権」は著作者の一身に専属し、譲渡・相続は不可である(59条、民法896条但書き)。この権利は著作者の死亡によって消滅するが、著作者死亡後も一定の範囲で守られることになっている(116条)。この権利と音楽利用との関連においては、著作者の意に反した勝手な編曲およびその演奏(「同一性保持権」(20条)への抵触)、著作者の名誉・声望を害する方法による音楽著作物利用行為(113条3項への抵触)などが問題となり得るだろう(後述)。
一方、「著作権」はその一部または全部を譲渡・相続することが可能である(61条1項)。従って「著作者」と「著作権者」が異なるような事態も十分に生じ得る。また「著作権」は著作者の死後50年有効とされる(51条2項)。音楽との関連でこの権利の具体的な内容を挙げるならば、楽譜や録音の複製権ならびに頒布・貸与権、演奏権(録音物の再生を含む)、放送伝達権、編曲権、二次的著作物(他者による編曲など)の利用権(著作権)などがあろう。
2.4 音楽著作物の利用許諾とJASRAC
著作権法63条1項は『著作権者は、他人に対し、その著作物の利用を許諾できる』と定めている。これは、大淵3)によると、著作権者は著作物の利用を許諾してもしなくても良く、許諾する場合は何らかの条件を付けても付けなくても良いことを意味する。すなわち、著作権者は専身的に著作権を管理し、利用者はその管理の下でのみ著作物を利用できる(ただし例外規定がある。後述)。
しかし、個々の著作権者の管理能力に限界があること、許諾手続きがややもすると繁雑になり円滑な著作物利用がなされなくなる可能性があることなどに鑑み、多くの国で著作権の仲介事業が機能している。例えば我が国では、音楽に関しては、「S日本音楽著作権協会(JASRAC)」が文化庁長官の業務許可を受け、文化庁長官の認可した管理・運営規定に基づき、音楽著作権の仲介業務を行っている(大淵3))。JASRACによる仲介業務の特徴は、会員登録した音楽著作権者から著作権を信託(移転)され、JASRAC自らが著作権者となるところにある。すなわち、(JASRAC会員となった著作者の)著作物の利用許諾およびその条件付けは、著作者ではなくJASRACによって、一定の基準に基づいてなされる(いったん信託契約を結んだ後は、著作権の行使の仕方について、JASRACがいちいち著作者に照会することは、原則的にない)(大淵3))。このことは、現実面でいくつかの興味深い事態(音楽活動において著作権法に違反する行為があっても、著作権侵害として訴追されないケースがある等)を生じさせており、音楽療法における音楽利用の仕方にも影響があるものと、筆者は考える(その具体例は後述する)。
【3.音楽療法の現場における著作権侵害の可能性】
3.1 受動的音楽療法
音楽の鑑賞によるセラピー、すなわち受動的音楽療法の現場において、著作権者の許諾を得ずに以下の行為がなされた場合、著作権法に抵触する可能性がある。
a.クライエントに対し、著作権が生きている作品の、市販録音物(レコード,CDなど)を再生して聴かせる。
b.クライエントに対し、著作権が生きている作品の、実演(またはそれを録音したもの)を聴かせる。
まずaの場合について検討してみる。市販の録音物を、許諾を得ずに、公衆に対し再生した場合、演奏権の侵害に当たる(22条)。
クライエントは“公衆”であろうか。著作権法は『この法律に言う公衆には特定かつ多数のものを含む』(2条5項)とし、会員制などににより聴衆が限定されているとしても、それが多数であれば著作権の対象とになると解される(田村1))。“多数”の基準はどう判断すべきだろうか。著作物の複製に関しては、個人的に又は家庭内その他これに準ずる限られた範囲内においてなされる場合には、著作権(複製権)の対象にならない(30条1項)とされる。ここで言う“その他これに準ずる限られた範囲内”という基準は、お互いに強い個人的結合関係にある者でせいぜい四〜五人、多くても10人ぐらいが限度とされるようである4)。この基準に演奏権も準拠するとすれば、クライエントとセラピストの関係は、そこに強いラポール(個人的結合関係)があったとしても、ビジネス的契約関係と見られ、先の基準に沿わないと判断される可能性がある。また、人数については、特に受動的音楽療法はある程度の人数のグループで行われることが少なくな
く、この点でも基準から外れる可能性がある。
音楽著作物の公衆への演奏行為は、それが営利を目的とせず、かつ聴衆から料金を受けない場合には、著作権者の許諾を必要としない(ただし、実演家に報酬が支払われる場合はこの限りではない)とされている(38条1項)。音楽療法は、それが職業として行われる限り(ボランティア活動でない限り)、営利を的としていないとは言えないであろう。一方で、音楽療法の企画者(医療施設や福祉施設などで企画された場合は、当該施設関係者)やセラピストとクライエントの間で金銭が授受された場合、それを音楽作品鑑賞に対する料金と見ること(一般的な有料のレコード鑑賞会などにおける金銭の授受に相応すると見ること)には異論があろう。受動的音楽療法における音楽療法士の役割を、コンサルタント的職務と見なし、それについて報酬が支払われることは、著作権法には抵触しないと考えて良いようである5)。
なお、平成11年の著作権法改正以前は、(適法に録音された)音楽著作物の再生演奏について、それを提供することに直接に料金を課さない行為(喫茶店やデパートなどにおいてBGMとしてレコードなどを流すなど)に対しては、“当分の間”著作権侵害を問わないとする附則(附則14条)があり、受動的音楽療法もこれに拠って、著作権侵害を問題にする必要がそもそも無い、と考えることは可能であった。しかし先述の法律改正により、平成12年1月よりこの附則が撤廃された6)ため、今後はこの見解は意味をなさなくなった(欧米に例を見ない附則14条の内容は長年の懸案事項であったとのことであり6)、撤廃により我が国の著作権法がよりグローバル化されたと言える)。
以上を整理すると、受動的音楽療法におけるレコード等の録音物の鑑賞は、それがある程度以上の人数のクライエント(という私的な関係ではない対象)に対してなされ、しかもそれが営利を目的としていないことを明確に示せない場合、著作権者の許諾を必要とすると考えられる。
さらに、レコードなど既存の録音物の利用においては、著作隣接権との関わりも検討しておく要があろう。音楽の分野における著作隣接権は、レコード等の録音物製作に参与したレコード製作者や演奏家の経済的利益を保護する。例えば、著作権者の許諾を得ていても、著作隣接権者である実演家の許諾が無ければ、レコード等を放送で使用することは禁じられる。しかし、著作隣接権は現行著作権法においては、著作権に比べて権利の及ぶ域がかなり制限されている。著作隣接権者の許諾を必要とするレコードの再生演奏行為は、放送(有線放送を含む)に限定されており(92条1項)、音楽療法の現場などにおける再生は問題とされない。しかし、知的所有権尊重の流れや法的整合性などに鑑み、今後もこの規定が維持されるかは疑問も呈されている1)。受動的音楽療法のバリエーションとして、セラピストがレコード等を無断でダビングしクライエントに配布した場合、これは著作権者の複製権のみならず著作隣接権者の複製権(96条)にも違反する行為と言えよう7)。また、インターネット上に、受動的音楽療法を目的としたホームページを開設し、これにアクセスしたクライエントの求めに応じて既存の録
音物を再生演奏する、などといったケースも今後は起こり得ようが、これも著作者ならびに著作隣接権者の送信可能化権(92条の2、96条の2)に抵触する行為となる1)2)。なお、著作隣接権はその目的からも明らかなように、その適用に際して、著作物に著作権が生きているか否かを問題としない。例えばベートーベンの楽曲の著作権は(著作権者の死後50年以上経過しているため)消滅しているが、この実演の録音物の著作隣接権は、録音が行われた時点から50年間存続する(101条)。
ところで、セラピストがレコード鑑賞による受動的音楽療法のため、実際に許諾手続きをとろうとすると、どういう事になるだろうか。個人の著作権者にアクセスする場合は、あくまで当事者間の話し合いで使用許諾ないし使用料支払いの要・不要や金額等が決まるであろう。著作物利用手続きをJASRACに対してとる場合は(殆どはこのケースになろう)、許諾の獲得に特に問題はないと思われるが、使用料について懸案がある。かつての附則14条に該当する音楽使用形態(前述したように、レコード鑑賞による受動的音楽療法もこれに当たると見なすことが出来る)に対し、今後どのような管理下に置き、然るべき使用料規定をどのように定めるかが、JASRACの側でまだ明確にされていない(平成14年度までに結論を出す予定)というのである7)。従って、それが明確化されるまでは使用料の徴収は無いということになるのではないか、と筆者には思われる。
なお、もし著作権者(個人またはJASRAC)にアクセスせず(または出来ず)音楽療法を行えば、その活動は違法な行為となるが、個人の著作権者がその事実を察知し得る可能性は低い。JASRACはその組織力によって違法行為を察知し得るかもしれないが、上に述べたように、以前であれば附則14条の対象となり得る利用行為への、これからの対処方針が決定されていない。著作権の侵害行為は民事に問うにしても刑事に問うにしても、権利者側から申告されなければならない2)ので、違法な音楽療法活動は社会的に見過ごされることになるであろう。それで良しとするかどうかは、結局、音楽療法士自身の、仕事や社会に対する倫理性・問題意識・誠意に帰することになる。
受動的音楽療法のbの場合も、考え方はaの場合に類似しよう。著作権者の許諾無く公衆に対し演奏が行われ、演奏者が報酬が受け取るならば、当然先に触れた38条により、演奏権の侵害を問われるであろう。先にも検討した、クライエントの“公衆性”によって左右されることになると言えよう。。また、実演やその録音物(著作権者の許諾を得ていなければ違法な録音物となる)は、附則14条とは関わらないのでaの場合のような懸案はなく、JASRAC側に明確な使用料規定(通常のコンサートやライブ活動に用いられる規定)が存在している。ただし、実演が医療機関の施設内で行われる場合は、さらに勘案を処す規定があり、JASRACとしてはその都度の問い合わせを要望しているようである8)。
音楽療法の現場で実演をクライエントに聴かせる場合、無断で編曲し演奏することの是非も問題になり得る。厳密に法に照らすならば、編曲権ならびに著作者人格権(同一性保持権)を侵害することになるからである。これについてのJASRACの姿勢は、あくまで一過性のコンサートやライプ活動(音楽療法もこれに相応しよう)のために行われた編曲については、許諾がなくても、編曲権侵害とまでは見なさないとするようであり5)、これが一般的な解釈と考えられる。もちろん、個人の著作権者がもっと厳密に判断し、編曲権侵害に問うてくる可能性はあるが、もし法廷にまで持ち出されたならば、おそらく一般的解釈による裁定がなされるのではないかと考える。ただし、編曲した楽曲をその後楽譜や録音物として固定し、公衆の利用に供した場合は、当然編曲権や二次的著作物の利用権の侵害を問われることになろう。一方、編曲と著作者人格権(同一性保持権)に関しては(著作者人格権はJASRACには信託され得ないので、著作者個人に属する)、その編曲が、社会的常識に照らして、なるほど著作者の意を害するに十分と判断されるものでない限りは、同一性保持権侵害には問われない、と解釈され
るようである5)。
3.2 能動的音楽療法
音楽活動へのクライエント自身の参加によるセラピー、すなわち能動的音楽療法の現場において、著作権者の許諾を得ずに以下の行為がなされた場合、著作権法に抵触する可能性がある。
a.演奏活動のため、著作権が生きている作品の楽譜を複製(複写機によるコピーや手による写譜)し、音楽療法のスタッフやクライエントに配布する。
b.歌唱活動のため、著作権が生きている歌詞を複製(コピーや書き写し)し、音楽療法のスタッフやクライエントに呈示あるいは配布する。
c.演奏活動のため、著作権が生きている作品を編曲する。
aは印刷物としての著作物の複製権(21条)侵害の問題であり、こと音楽療法に限らず、もっとも日常的で一般的な著作権問題と言えるものである9)。著作物の複製については、先にも言及したように『個人的にまたは家庭内その他これに準ずる限られた範囲内におりて使用すること(以下「私的使用という)を目的とする場合には、(中略)その使用する者が複製することができる』(著作権法30条1項)が、音楽療法士が行う音楽療法は社会的行為であり、そのための楽譜の複写行為はこの条項にあてはまらない(すなわち違法となる)。ただし、セラピストが無報酬で活動する(楽譜のコピー行為が営利に結び付かない)場合で、かつコピーした楽譜を人間的関係の密接な少人数(のスタッフやクライエント間)で利用する限りにおいて、(違法状態ではあるが)複製権の侵害を問わないと解釈される可能性はある。
現実問題としては、複写機が一般に広く普及している事実、あるいは手書きによる複写ということまで考えると、印刷物の違法な複製を著作権者が逐次チェックすることは不可能であり、例えば音楽療法士が楽譜のコピーに関して違法性の訴追を受けるような事態は滅多には起こり得ないであろう。ここでも、結局は音楽療法士自身の、倫理性・問題意識・誠意が問われるのであり、音楽療法士が音楽文化の恩恵やフェアな活動ということを尊ぶならば、楽譜のコピーに関しても著作権者の許諾を得る必要があることになる。なお、楽譜が出版されるに際し、出版者が著作権者から著作権の全部または一部(複製権など)の譲渡を受け、出版者自身が権利者になっていることが多く(さらにその権利をJASRACに信託している場合もある)9)、その場合、許諾は著作者にではなく出版者に求めることになろう。
bのケースについても、aと同様の考え方ができよう。例えば、歌唱による音楽療法のため大判模造紙に歌詞を書き写しクライエントに呈示する行為が、実際に複製権侵害と裁定される可能性は低いと思われるが、行為の違法性は否定され得ない。従って、フェアを志すのであれば、著作権者の許諾を得るべきである。
ところで、以上abのケースにおいて、著作権が消滅している楽曲の楽譜や歌詞を複製して音楽療法に用いる場合はどうであろうか。楽譜や歌詞に限らず、著作権が消滅している著作物を保護する規定は、現行の著作権法にはない1)9)。しかし、出版物において、著作権の有効・失効に関わらず、著作隣接権に類似する権利として「発行された版の組版面についての権利(版面権)」が認められて然るべきではないかとの主張が、出版者側はもとより法律家からもなされている1)。
我が国の楽譜出版者の団体である日本楽譜出版協会(JAMP)は、著作権の有効・失効を問わず、「版面権」を尊重する立場から、楽譜の無断コピーの原則禁止を訴える活動を開始しており、1992年11月より新刊出版物のタイトルページおよび奥付等には「(無断コピー禁止呼びかけの)統一ロゴマーク」が掲載されるようになっている9)。音楽療法士としては、こうした社会的動きを軽視するべきではく、増して自らのフェアを尊重するのであれば、著作権の消滅している楽曲であっても、その市販譜や貸与譜(管弦楽曲のパート譜などの中には、貸与システムによって世に流通されるものも少なくない)の無断コピーを行ってはならないと考えるべきである。
cの、演奏活動のため著作権が生きている作品を編曲する行為については、前述した受動的音楽療法における編曲行為への考え方が、そのまま適用されよう。編曲した後、それを楽譜等の形で公に供することさえしなければ、著作権侵害を問われることはないものと解釈される。
【4.音楽療法における音楽使用責任】
筆者は前章の論説の各所で、音楽療法に関わる行為に、著作権法に照らして違法性や著作権侵害が予想され得る場合、音楽療法士が然るべき手続きをすべきという文脈を記した。しかし、音楽療法が、例えば医療施設や福祉施設が主催または企画するものであった場合、一種の「興行」と見なされ、法的な音楽使用責任が音楽療法士にではなく、「興行主」すなわち主催・企画者である医療・福祉施設に求められる可能性がある(「興行」における音楽使用責任は「興行主」にあるという考え方を支持する判例がある6))。この場合、法的には、著作権許諾や著作物使用料の支払い義務は、音楽療法の主催者であり、音楽療法士ではないと言うことになるが、しかし、実際問題として、医療機関や福祉機関にそうした手続きの遂行を期待することはできないであろう。したがって、フェアな音楽療法を考えるならば、音楽著作権への意識を持った音楽療法士が、(言わば代行という形で)著作物使用の手続きをとるしかないと思われるのである。
【5.音楽著作権者としての音楽療法士について】
ここまで、音楽療法士が他人のものした著作物の利用者となるケースについて、著作権との関係性を整理・検討してきた。しかし、音楽療法士は自ら音楽著作物を創作し、その著作権者になることもある。例えば、以下のようなケースがあり得よう。
a.音楽療法のためのオリジナル曲を作曲する(即興演奏を含む)
b.音楽療法のために既存の楽曲を編曲し、二次的著作物を創作する(原著作物に著作権が生きている場合は、原著作者の許諾のあることが前提)
aのケースにおいて、音楽療法士はその著作物の著作権を専有し、他者による使用について著作権法に基づいた制限を加えることができる。我が国において、医療はすでにビジネスとして社会認識されているが、福祉についても、これからはビジネス面の認識が進むとの見方が強い。音楽療法士も、好む好まないに関わらず、自分の活動をビジネスとして意識する必要があり、その際、著作権を持つことの意味はけして小さいものではないであろう(そのオリジナル曲の楽譜が、広く各地の音楽療法士に利用されている著名な音楽療法士の例を考えてみると良い)。
なお、著作権を持つ音楽療法士が、JASRACの会員となって(すなわち著作権を信託して)、著作権管理を任せるというケースは、おそらく起こらないであろう。その理由の一つは、JASRACと信託契約を結ぶためには、一定基準以上の「作品公表実績」(CDや楽譜などの形で製作・販売された実績)が必要とされる10)ためで、音楽療法というフィールドで基準をクリアするのは難しいと思われる11)。いま一つの理由は、仮にJASRACに著作権を信託してしまうと、利用許諾や利用条件についてJASRACの規定が適用され、ケース・バイ・ケースの対応ができなくなり、そのことは音楽療法士にとっておそらく不都合であろうと思われるからである。例えば著作者が、福祉現場での利用であれば許諾なく使用してもらって構わないと思っていても、JASRACに信託していると、そうはならないのである11)。
言うまでもないこととして、音楽療法士が自分の創作ではなく、他の音楽療法士やクライエントが行った即興演奏などを、彼らの承諾無く公衆の前で再現演奏したり、採譜して公衆に呈示・配布などすれば著作権法に違反する行為となる。例え幼い子供が行った、一見たわいも無い即興演奏であっても、それは立派にその子供の著作物であるからである。
bのケースでは、音楽療法士が編曲した二次的著作物の利用に関して、当の音楽療法士は自分だけでなく、原曲の著作権者も権利を有する(28条)ということを失念してはならない。すなわち、自分が適法に作出した二次著作物を自らが利用する際であっても、原著作者の許諾を必要とするので、注意が必要である。
【6.おわりに】
音楽療法と音楽著作権に関する今回の整理・考察は、著作権法の要項を厳密に(立て前的に)解釈する立場でのものであった。筆者は、もとより法律解釈に関する専門教育を受けた者ではなく、整理・考察の仕方およびその結果には間違いや不備も多々あろう。また、本論中でも随所で触れたように、著作権法に照らして違法な行為が、現実において全て著作権侵害に問われるかと言えば、そうではないのであり、そこでいたずらに立て前的法律論を振りかざしても意味はないことも承知している。極端な話、著作権法に違反して音楽療法が実践されたとして、社会的にどれほどの問題性があるだろかという主張がなされれば、筆者に説得力のある反論をする自信はない。ただ、著作権に対する認識を持ち、それにどの様に対処するかは、個々の音楽療法士が、自分の音楽療法という仕事に対してどのような意識をもっているかを反映する、一つの指標にはなるのではないだろうか。セラピストとは、対クライエントのみならず、自分の意識や姿勢についても常に洞察・検証を行うことを要求される者であろう。本稿の問題提起が、音楽療法士の自己洞察・検証にいささかなりとも寄与できれば幸いである。
【参考文献・注釈】
1)田村善之:著作権法概説。有斐閣、東京、1998
2)はじめての著作権講座─著作権って何?。S著作権情報センター、東京、1999
3)大淵雄二:仲介業務団体─JASRACの役割と実際の業務─:音楽と法。青山学院大学法学部、378〜、東京、1994
4)千野直邦・尾中普子:著作権法の解説。一橋出版、東京、1989
5)S著作権情報センターへの電話取材における非公式見解であり解釈の責任は筆者に帰する
6)大淵雄二:カラオケと演奏権:音楽と法。青山学院大学法学部、222〜、東京、1994
7)山下邦夫:近未来における音楽の利用:音楽と法。青山学院大学法学部
481〜、東京、1994
8)S日本音楽著作権協会、広報部への電話取材における非公式見解であり解釈の責任は筆者に帰する
9)田中明:楽譜出版とコピー:音楽と法。青山学院大学法学部、115〜、東京、1994
10)JASRAC─信託契約と入会のご案内─。S日本音楽著作権協会、会務部、東京
11)S日本音楽著作権協会、会務部への電話取材における非公式見解であり解釈の責任は筆者に帰する
12)著作権法入門(平成11年版)。S著作権情報センター、東京、1999
<なお本稿は2000年1月にまとめられたものであり、その後の情況とは齟齬をきたしている記述もあり得る>>
※この文献は、田中洋さんのご厚意によりホームページへの掲載を許可いただきました。音楽療法実践においてご活用いただくのは結構ですが、掲載内容を公刊物・学会発表等で引用される場合は、出典を必ず明示するようにお願いいたします。